nekst(ネクスト) kenのブログ

nekstは自分が勝手に造った英単語。途切れず次々(next)と書けるように、という意味を込めて。改めまして、kenです。どうぞよろしく。

瞑想はある種、洗顔みたいなもの。

kenです。

 

雨続きで鬱屈な日が続いてますが、こういう日は洗顔したりします。

私の場合は風呂入る時と一緒に洗顔をします。

洗顔中、思ったことがあって、みんな意識が強すぎるなーっと思いました。

色々と気にする対象・不安にさせるものが多すぎるので、瞑想等の頭をヒートダウンさせるものが売れたりするのかなと思います。

今の時代、頭重視で考えがちだから、目を閉じてボーっとしている時間を敢えて設ける必要があると思います。

最近は洗顔の他にも、有料で瞑想導入音源を購入し、よく聞いてみることをしてます。

瞑想なんて、傍から見て目を閉じて息を吸って吐いたりするだけの怪しげな行為だと言う偏見がありました。

が、瞑想をこまめにする習慣をするようになってから、ここ最近は気分がスーッとなるようになりました。

意識が強すぎると常に精神が荒れます。

あれやこれやと、考えてもどうしようもできないスケールのでかい話(政治・自然災害など)…昨今のを知ることは大事ですが、殆どの場合、体力の無駄です。

楽観は禁物ですが、今も必死に頭を働かせて取り組んでる人々はいることは確かなので、そういう重役に任せればいいと思います。

どうしても、言葉にして書き残したい場合は、noteなどに書き起こしたりして、それ以後はもう一旦それで考えないようにすることに僕はしてます。

しばらく放置をすることで後で見返すとなんでそこまで考えていたのかと思える時がきます。それだけ脳がヒートアップしてた証拠なのかもしれません。

なので、尚更、頭を熱くして、余計な体力を奪われないようにする一つの予防として瞑想や洗顔(目を閉じてボーっとする時間)を敢えて、してみてください。

瞑想はある種、顔ではなく、脳内のケガレを落とす洗顔みたいなものです。

そう思って試してみてください。

最後に私が使っている洗顔フォームを貼っときます笑

www.phiten-store.com

ライブに行ってきました。

kenです。

 

昨日、数年前からファンであるシナリオアートというバンドのワンマンライブに行ってきました。

当バンドについて、話し始めたらきりがないんですけど、

まず何がすごいかと言うと歌詞と旋律。

一曲一曲が物語となっていて、開放感を与えるとてつもない力がシナリオアートにあります。

私が数多くの曲の中で、お気に入りなのが、

エポックパレードとシーユーネバーランド

www.youtube.com

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エポックパレードの音楽も凄いのですが、僕はMVの中の変な歩き方をしてるキャラクターと自分の持病である足の障害が重なるところがあって特別に好きです。

シーユーネバーランドはまだ某ウィルスが猛威を振るう数か月前の2019年11月に撮られた雑踏をただ映しているのですが、今見ると、いつも通りの風景がほんの数か月で一変してしまうことの驚きというか、今見ると貴重な映像かもしれないと思ってます。

シナリオアート三人(左からハヤシコウスケさん・ハットリクミコさん・ヤマシタタカヒサが手書きで書いた歌詞が個性的で何度見ても、聞いても飽きない音楽を沢山世に送り届けている素晴らしい邦楽ロックバンド。それがシナリオアートです。

その当バンドが今日、音楽配信サービスで新曲をリリースしました。

『アイマイナー』

open.spotify.com

切なくて、クリアな歌声とほとばしるギターが合わさった曲となっていて凄くいいです。サブスクで聴くのもいいですが、出来れば、直接見に行ってみてください。

生の音楽はとてつもないエネルギーがあって、素晴らしい空間を作ってくれます。

このご時世、ライブは難しいですが、昨日はなんとか開催され、生の音楽を味わい尽くすことができました。また見に行きたい……!!

人はどうでもいいことで喧嘩する。

kenです。

 

今日は親と久しぶりにケンカしました。

からしマスタードの違いについてです。

実にアホです。

googleで調べてみたら、成分の違いがあるみたいです。

 

からしは和がらしの種を粉末にした粉からしを水またはぬるま湯に溶かして練って作られたものです。 一方、マスタードからし菜の種だけで作られているのではなく、酢や砂糖、ワインといった調味料が加えられています。 酢には辛味を抑える効果があるため、より辛味が弱く感じられます。

 

…なるほど。

そんなにムキになる必要はないと、今では思うのですが、まだまだ暑いので、ムカッとくるらしい笑。

以後、気を付けてみようと思った今日この頃でした笑。

お金は「理想」に使う。

kenです。

 

ある恩人の言葉をタイトルにしました。

今回はお金の使い方について書いてみようと思います。

僕はストレスが溜まると浪費しがちです。

ギャンブルではなく、マンガやその他娯楽などです。個人の楽しみだからいいじゃんと思うかもしれませんが、先にラクばかり選択すると後が苦です笑。。

なので、時には自分が思い描く理想に近づくようなお金のルートがないかと、たまに考えたりします。

結局、答えは簡単には出ないのがほとんどですが、最近は安易にお金を手放さないように用心してます。

最近は同じような選択をしないことを心がけてます。

特にファッション系は注意してます。

なぜなら、気がつくと大体同じような服、デザインを選んでしまうからです。

人生には冒険が必要です。

違ったカラーをたまには選んでみるということもいいのではないでしょうか。

これはちょっと俺には…と思うものを敢えて選んでみる。

 

理想とは関係のないことかもしれません。が、自分が理想だと思うものはなんですか?と心の中で問いかけてみた時、俺にはちょっとと思うような服をあなたが思い描いた「理想の人」は着ているのかもしれません。

 

だったら、敢えてそれを買って、挑戦してみる。

たかが服、されど服。

色身を変えるだけで気分が一新します。僕個人のかんそうですが。。。

気分が上がると言うことは今日一日はポジティブでいられるかもしれません。(※効果には個人差があります。)

理想に使いましょうと言ったのに、服も浪費に入りますね笑。

アガり症は場数を増やすしかない。

kenです。

 

他人と話をしてるとたまにアガったりしてました。

最近は余り、グワッとくる感じは昔と比べ減った気がします。

いつの間にこれがなくなったのか…多分場数を踏んだから。

場数。言い換えると経験値ですね。

上手く話をしなきゃ欲も相まって上がってたような気がします。

話す経験・機会を増やす中で、ある時開き直ってしまいました。

上手く話さなくてもいい、と。

目上の人に対しては多少、丁寧にする必要はありますが、過剰だと変に思われます。

なんか言わなきゃ!と力を入れるよりも、相手の話題に乗ることの方が簡単です。

つまり、聞く側になりましょう。

上がりがよく出てた当時は場数が少なかったため、上手くやろう・失敗したくない気持ちが過剰でした。

なので、場数を増やす。その過程が失敗であれ、成功であれ、慣れるまで増やすことが大事です。

知的"障害者"は脳内物質の"被害者"だ。という持論。

kenです。

 

暑いので、イライラします。

 

だけど、ここ最近はイライラしてません。

障がい者(同僚)に対する考え方・捉え方が変わったからです。

 

現在私は障害者就労支援B型作業所という施設に通ってます。

そこにいる方々は、いきなり奇声を発したり情緒がおかしい方など様々な症状を抱えた障害者が通って軽作業などをしてます。

今はたまに企業から届く漫画冊子が入った資料などを封入する作業を行ってます。

(分かりやすくいうとBネッセの漫画が入った郵便物)

今は18人ぐらいの方がいます。(ソーシャルディスタンスでやっております)

 

で、僕の障がい者に対する捉え方について、何が変わったのか、というと、"彼らはわざとやってるのではない"という点です。

彼らは障害者だから…と言葉では理解してたのですが、やはり心がそれを許してはくれないイライラが日々僕の中で起こります。

 

内心(あの人は頭がアレだから…)(~症だから)とは思っても…

内心(うっせぇな!)(いい加減にしろよ!)(黙らせろアイツ!)と私の心の何処かが叫びます。(なんか詩的…

 

理性・頭でで抑えても、正直何処かで、くすぶった何かが溜まるのです。

負債??ストレス??的な何かが。

だから考え方を一旦変えてみました。

それは、障害者ではなく、被害者である。と。

何が引き金となって奇声をあげたり、いきなり笑ったり奇行が起こってるのか正直分かりません。

ですが、世間ではおかしいと思われる"彼ら"にとっては、それが普通なんです。

もしくは、何らかの生命活動の維持になってるのだと解釈をしてます。

つまり、なにかのバランスを保つための活動となっているのです。

 

今までイライラしていたのは、いきなり思い出し笑いをしたり、ニヤニヤする方がいて、それが僕にとっては無茶苦茶イヤでした。

いきなり一発ギャグ的なことをブツブツ言ったり内心怖かったのです。

でも、彼はそれ(奇行)をすることで生命を保っている。

生命を保つ、つまり「生きる」という意味は人によって様々です。

何かで数字を出すことが生きる。稼ぐこと働くことが生きる。食べることが生きる。

普通に何もなく、非生産的だったけど生きた。等

 

明らかに(コイツおかしい)と思ってしまっても、当事者にとってはそれが日々のルーティーン・日々の習慣つまり、「生きる」なのです。

歯磨きのようなものです。それをやらないと気が済まない。気持ちが悪い。

そういう感覚で捉えてみるといいです。

 

僕は身体障害者でもあり、てんかん持ちでもあります。

頭がおかしい人と言われてもその通りなのです笑。(笑う所じゃないと思いますが。

 

そういうルーティーンは傍から見て直すべき対象(悪しきもの)だと捉えがちでしょうが、僕は彼らは脳内で起こる興奮・化学的反応の被害者であると考えるようになりました。

 

てんかん発作は脳が興奮して、ショートする現象です。

私が患ってるてんかんと知的、諸々の脳の障害は似てます。

てか、抽象的にみると同じです。

昔は発作が起こるたびに、「私が悪い」と捉えてましたが、今は違うと思ってます。

 

彼らは脳内物質の被害者なんです。一種の特別扱いなのか

時代によっては彼らは犠牲者にもなりました。

魔女狩りとも呼ばれます。

たまに思うのです、もし生まれた年月日が少し違ければ、僕は死んでたということを。

話の規模が無駄にでかくなってしまいましたね笑。

以上、障害者は被害者という話、でした

言葉にしがみつかないで。という話。

kenです。

 

僕が病んでた時(精神的な余裕が無い頃)、行動よりも言葉(事実)ばかりに目が言ってました。

アクト(今どんなことがしたいかという内なる気持ち、願望)よりも

どんなものを持っているのか(才能、武器、テクニックなど)に集中してました。

つまり、具体的なものを欲しがってしうクセがあったのです。

いま思うと、至極どうでもいいという印象です。

言葉に意味は最低限、必要ですが、

才能とか名誉・幸福なんてものは定義です。

人それぞれ違います。

うつになっていた時の私は「幸せとはこういうものだ!」的な本やキャッチコピーに近寄ってはまた繰り返し探してしまうというクセがついていました。

「自分は不幸だ!!」という強い思い込みがあったからです。

だから幸せを探してしまう。。。

救いようがないアホですが、結構いるんじゃないかなと最近思ったりします。

こういうの、なんていう現象なんだろう…??

幸せの青い鳥症候群??運命の王子様病??

嫌味に聞こえますが、運命という言葉を信じ込みすぎているから、運命に翻弄されてしまうのかなーなんて達観じみたことをぼやっと思ったりしました。

宗教とおんなじですね。

「神様はいますか?」信じようと信じまいと勝手な話であって、基本的に自由なのです。

才能という言葉もあいまいです。結果(具体的なもの)が出てから「才能がある」と言われる場合もあるし、結果はなくても「君(俺)には才能がある!!」と自負したり、相手から言われたりもします。(この間言われました…

中には、君には才能がない!と容赦なく言う人がいます。

じゃあ、才能が"ない"を証明せよ。と言われると、大抵の人はできないと思います。

「無能だ!」と勝手に信じてる・感情的に決めつけてるだけであって、本来、具体的に決める必要はないのです。

あると思えば、夢中になることが見つかるだろうし、ないと思えば、自棄的に落ち込んで世界が暗く見える、つまり、思った通りになる。

ごくシンプルな話ですが、うつ、精神的に病んでると頭がこんがらがってるので、そのシンプルさに気が付きませんでした。

なので、定期的に頭の中身や情報を整理する必要があるんじゃないかな、と最近になって思います。

言葉にしがみつかないで、という話でした笑。